Column Vol.17
Akinori Kihira |
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私がラクロスという競技に出会ってからちょうど3年目になる。
初めて見た時、ゲームの展開の早さと、魔法のようなスティックさばきに驚いた。
その後、ラクロスという競技の虜になるのに、多くの時間はかからなかった。
今回は、日ごろ指導者の一員として感じていることを
管理人様のご厚意により寄稿させていただいた。
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現在、私は玉川大学女子ラクロス部で
学生ラクロスプレイヤーの傷害予防と体力強化を担当しているが、
彼女らはあくまで学生である。
卒業したらほとんどの人が社会人になるわけで、
ラクロスを職業にしようと考えている人はいないだろう。
彼女らが平均寿命まで生きたとして、
大学卒業と同時にラクロスから離れたら、
その後何年をラクロスなしで生きることになるのだろうか。
ラクロスをしていた年数のなんと15倍近く(!)を
ラクロスとは関係なしに生きることになるのである。
彼女らは、ラクロスを通して得たものを
その後の生活に活かすこともできるだろう。
真剣にやるからこそ得られるものもあると思う。
しかし、一方で、ラクロスは手段でしかない。
指導者にとっても同じことが言えるのではないだろうか。
ラクロスを教ることにより、選手に何をどう考えさせることができるか。
それを伝えることができなければ、
大切な大学生活の多くの時間を
奪ってしまうのと同じではないかと思う。
時に、選手も指導者も、ラクロスが目的であるかのように倒錯
してしまうことがある。
試合に対する取り組みにおいて、勝利が全てとなることがある。
"多少のケガなら痛みを抑えて頑張れ!"
"ファウルをとられない程度に相手の嫌がることをしろ!"
頻繁に、というわけではないが、どのチームでも少なからず見られる光景
ではないだろうか。
しかし、それで試合に勝ったからと言って、何が得られるのだろうか。
本当に大切なのは、試合を通して、ひいてはラクロスを通して、
何を得られたかということではないだろうか。
それが、ラクロスを手段にするということである。
チームには目標がある。
1部のチームならリーグ優勝。
2部のチームなら1部リーグ昇格など。
それらは多くのチームで、勝利であるだろう。
しかし、これらは目標であり、ラクロスをする目的とはならない。
ラクロスをする目的は個々によって違うはずである。
あなたは、どんな自分になりたいのか。
そのために、今、なぜラクロスをするのか。
あなたにとって、ラクロスとはどのようなものか。
自己実現のための一助として、ラクロスという競技を考えてみてはいかがだろうか。
ただ、学生アスリートには、気をつけていただきたいことがある。
学生アスリートにとって、キャンパスライフの多くの時間を
クラブ活動に費やすため、ラクロスが生活の大部分を占めるようになる。
あたかもラクロスが自分の全て(あるいは大部分)かのように誤認してしまうのだ。
しかし、学生の本分は学業である。
「学生アスリート」と呼ばれることからも明確なように、
アスリートは学生に付随するものなのである。
アメリカでは、学業の成績不振者やレポートの未提出者などは
チームの練習または試合に参加できないこともあると聞く。
これは、学業を学生の第一義と考えているが故のことだろう。
また、これは蛇足になるが、
ラクロスを手段にし、自分自身を省みることで
明確な動機付け(モチベーション)が得られる。
首尾一貫したモチベーションは
競技へ取り組む姿勢を改善させる。
上の話は、ただの絵空事ではなく、
競技力向上のためのベースとなるべく
メンタルマネジメントの一環としても
捉えることができるのだ。
以上のような理由から私は、
学生アスリートの皆様には、是非とも、本分の学業を十分に修めていただいた上で
ラクロスという素晴らしい競技を経て、
自己実現のために活躍していただきたいと思う。
ラクロスを通して、大いに楽しみ、大いに悔しがり、
多くの出来事と色々な感情を経験していただきたい。
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