Column Vol.24
Yasuhisa Shimono |
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●下農 裕久
筑波大学大学院 体育研究科 体育心理学研究室
筑波大学ラグビー部トレーナー
ラグビーU-19日本代表トレーナー(U19アジアラグビーフットボール大会)
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トレーナーとして、スポーツ現場に関わるようになってから5年近くの歳月が過ぎました。その過程で関わったアスリートとの話題で最も多かったのは恐らく『痛み Pain』に関してだと思います。それはほとんど全てのトレーナー、アスレティックトレーナーに共通すると思います。選手はもちろん、トレーナーや指導者にとって『痛み』とは非常に重要な意味を持ちます。選手は痛みがあればプレーできませんし、トレーナーは選手の痛みを軽減するのが仕事である場合も多く、コーチも痛みを抱えている選手を試合で起用することは好ましくないと考えるでしょう。しかし、トレーナーとして選手の『痛み』と関わると、医学的・スポーツ医学的な知識ではよく分からない・理解しがたいことも多々あります。例えば、理学的所見やレントゲン、MRIなどの画像で異常は認められないのに選手が痛みを訴える場合もあります。『痛み』が色々な場所に次々に出現してなかなか練習や試合に復帰できなかったり、必要以上に痛みを訴えたりする選手もいます。そのような選手に長い間関わっていると、トレーナー自身が非常に消耗してくることを感じます。選手と共に、その『痛み』を何とか取り除こうとして、トレーナーも非常に一所懸命になります。しかし、なかなかうまくいかないこともあります。どうしてでしょうか?
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そもそも『痛み』とは何なのでしょうか?その生理学的な説明は別にして、ちょっと違う観点から私の『痛み』に関しての考えを書いてみたいと思います。私は選手からの『痛み』の訴えは一つのメッセージとして捉えています(当たり前ですが)。選手は『痛み』を一つの媒介として、トレーナーとの関わりを始める場合が多いと思います。そこで、トレーナーは自身の専門的な技術や知識を駆使して、その痛みの原因を突き止め、それを除去するための様々なアプローチを開始します。原因を正しく突き止め、それに対してのアプローチが正しければ、選手の痛みは消えるはずだと多くのトレーナーは考えていることでしょう。僕もその一人です。しかし、ちょっと踏みとどまって考えてみたいのは、トレーナーは本当にその選手自身、その人自身と関われているかということです。つまり、選手を「痛みを抱える人」としてトレーナーが接しているかということです。選手は「痛みを抱える人」であって「痛み自身」ではありません。何となく、そのことが無視されているかのように感じることがあります。
トレーナーは選手の『痛み』を身体面だけでなく、広くその人個人の心理社会的な背景にも目を向けて「痛みの意味」を考えることが重要1)なのではないでしょうか?そのように考えるとやはり『痛み』とは、単なる身体症状の一つとは考えることはできなくなります。選手からの大切なメッセージであると考えられます。そのメッセージを最初に受け取るのはトレーナーである場合が多いと思いますが、そのメッセージをどのように受け取られるのか?それは選手にとって、すごく大切なことのように思えます。今、競技スポーツの世界では負傷選手の早期リハビリ・早期の競技復帰が叫ばれており、それを実現するためのスポーツ医学の進歩には素晴らしいとしか言いようがありません。私も現場でスポーツ医学的な知識・技術を実践する者の一人ですし、それは心から素晴らしいと思います。でも、ちょっと待てよ?と思えることも大事だと思えるのです。「なぜ、この選手はこの時期にこの部位をこんな風に怪我したんだろう??」とゆっくり、選手と共に考えることも必要であると思うのです。すると、必ずしも早期復帰・早期リハが全てでもないようにも感じることもあります。焦らず、ゆっくり『痛み』を大切にして選手と関わっていく、そんなサポートがあってもいいようにも感じるのです。
引用文献
1)三輪 沙都子(2001) 負傷競技者の体験する「痛み」の事例的研究-Total Pain概念による事例の分析を通して-.スポーツ心理学研究.31(1):43-54.
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